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サバイバルレース(24h)「長谷川恒男CUP」 第13回 日本山岳耐久レース 2005.10.9-10 |
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■ ハセツネ完走記 ■ そもそも なぜ ハセツネに? それは、モンベルに置いてあった Adventure
sports を手にし、付録のDVDをみてから。もともと トレイルランは好きだけど。 あのゴールしたときの達成感を何だか味わいたくなって エントリーの期日を確認したら・・ なんと二日後。あぁ、これって参加しろってことだなぁと思った。 それでもってなんとなくエントリーしてしまったのです。 そう なんとなく。 ヒグねーさんに「なんとなくハセツネにエントリーしました」ってメールしたら ねーさんから「なんとなくじゃぁ、完走できんぞ」ってメールがきた。 そいでもって、「ハセツネに参加するなら、絶対完走すること。それが主催者側の人々、山という自然への恩返しになるから」と続くものだった。 これは私の中で何かが変わったし、重みの有るものだった。
*当日* 立川駅から武蔵五日市駅までの電車の中は、不思議な人がいっぱいいた。 そう、そこらじゅうでリュックからチューブが顔をだし、パンをほおばる者。ライトの調整をしている者。普通なら変な人であるが、今日だけは、そんな人達が普通に見えた。 そう、私もそんな一人だった。
スタート前、山岳軍団と
*スタート* 大会当日。天候はあいにくの雨。しかも、前日から降り続いているため足場が悪い。 スタート地点である中学校のグラウンドもぐちゃぐちゃだ。 でも、これから長い、長い旅が始まる。不安よりも楽しみの方が勝っていた。 号砲。トップランナーは別として、こんなに長い旅なのだからスタートはゆっくりだった。 なかにはかなり飛ばしていく参加者もいたけど、これから先、いくらでも追い越すときはくるだろうと思った。 *第一関門まで* 舗装路を少しいくと山道に入る。山道に走ると神社があって参加者の中には参っていく者もいた。登りは早歩き。下りは走る。それの繰り返し。 それにしても、足場が悪い。そう思っていたら、渋滞。 前に進めない。参加者もイライラしていた。「なんでこんなところで渋滞?」 その原因は、足場の悪さだった。土がぬかるみ、普通に登れない。だから、一人ずつ登るのにもかなりの時間と注意が必要だったからだ。普通だったら何でもない道がとんでもなく体力を消耗させる。転ぶ者も多くいた。手足は既に泥まみれ。 泥の中を泳いでいるような感じだった。スノボで雪を掻き分けながら下るときと同じような感覚だった。雪ではなくてそれが泥だという感覚。 日が落ちるまでは少しでも走りたい。軽快に走れるときもあってトレイルランを楽しむ。 時折、パワーバーをかじって食料補給。 何とか、第一関門(22.66キロ地点)まではライトを点灯させたくなかったが思った以上に時間がかかっていて、途中にヘッドライトを点けた。 第一関門にたどり着いたのは、スタートしてから5:58:19。午後7時頃。 ハセツネにはエイドステーションがない。自分の持参した食料のみ。 第一関門でとりあえず、おにぎりを食べた。 それにしても雨が降り続く。止まると寒い。ガタガタ震えながら第二関門を目指す。 通過順位:1,042 (第一関門通過者:1902)参加者数:2,018 *第二関門まで* 第二関門は42.09キロ地点。 この区間は三頭山(標高1,527m)を越える。 体調は快調で元気に登ることができた。第一関門地点で会社の元上司に遭遇したため 比較的、精神的には強かった。しかし、それにしても下りは最悪。 どろどろで、止まれない。2回ぐらい転んだ。 行けども、行けども、山山山。 いい加減、嫌になってきた。思った以上に時間だけが過ぎる。 時速3キロぐらいしか進んでいない。24時間という制限時間はゆるいと聞いていたのにと頭の中で計算する。 雨は止まない。寒い。暗い。食料補給するものの、すべて冷たい。 あぁ、あったかい味噌汁が飲みたいと思った。 時折、左右にライトを照らすと急に人がいる。寝ている人もいる。 寝ているというより死んでいるみたいだ。 第二関門に到着したのは、12:54:01 午前2時頃。 通過順位:934 (第二関門通過者:1290) *第三関門まで* 第二関門では水分補給をしてくれる。2ℓ。私はポカリを2倍尺にしてもらった。 ここはハセツネ一番のリタイヤ場所。正念場。 というのも第二関門は、唯一、車ですぐに乗入れが可能な場所。 収容車が見える。他の場所でリタイヤしようと思っても自分の力で下山しないといけない。夜中だし、既に42キロ地点。これで十分なんじゃない?という自問自答が起こっても不思議でない。でも、私は、何がなんでも完走って思っていたしここでやめるわけにいかないから。リタイヤなんていう言葉はなかったけど、でも、一緒にいた上司がリタイヤしようかなって言ったときは、正直、わけわかんなくなった。 これから私は、30キロを一人でいかなければならないのかって思った。 彼は、一昨年、完走しているし、今年はもっと早くにゴールして次の日、昼に予定を入れていたのだ。でも、思った以上に時間がかかったため、第二関門でリタイヤしようとしていた。 でも、最後には私を一人にするのは可哀想だと思ったのか、上司は一緒に行ってくれることになった。(私がかなりゴネタためということも大いに影響している) 第二関門では5分ぐらい休んでから出発。たった5分なのに止まるとても寒い。 ガタガタ震えてくる。雨もひどい。真夜中。 でも、ひたすら前に進むしかない。修行僧のようだ。そいでもって眠い。 第二関門から御前山を登る。第二関門手前の三頭山が一番 高い山だと聞いていたから もう、たいした登りはないだろうと思いきやとんでもなく長く感じる登りだった。 看板には20分で山頂と書いてあったのに1時間歩いてもたどり着かない。 呼吸が荒い。なんだこれって叫んでた。 第二関門を通過したのが午前2時。ハセツネの制限時間は24時間。スタートしたのは午後1時。ということはあと11時間でゴールしなければ完走できない。 今まで42キロに3~4キロでしか進んでいない。残り30キロ。 時間がない。なんで?なんで?ゴールしてもタイムオーバーなんて最悪だよって思った。 御前山をやっと登ると今度は下り一辺倒。降り続く雨のせいで丸太の階段の泥が流れている。道なき道を歩く。前後には、私と会社の元上司しかいない。 真っ暗の中、ひたすら下る。本当にこの道で合っているのか不安になる。 時計は午前4時ぐらいだったと思う。もうすぐ日が昇ってくるだろうなって周りを見渡しても何も見えない。夜の山をひたすら歩く。こんなこと非日常的だ。 あと何時間、歩き続けるのだろう。 第二関門までは一体、何をしているのだろうって思っていたけど、もうここまで来ると 何も考えてなかった。考えられなかった。 御前山を下りきったら丁度50キロ地点。ここにも、バスが止まっていた。 リタイヤしていた人もいた。誘惑、誘惑。ここで楽になれるのか。 でも、絶対完走ってみんなに公言してきたし。でも、でもって何回も思った。 バスを尻目に山に入る。 だんだん、明るくなってきた。 明るくなってきたら少しは、暖かくなるだろう。それに気持ちも揚がるだろう。 あと20キロ。もう?いや、まだ残り20キロ。きっと6時ぐらいだったと思う。 3キロに一時間もかかってる。時間がないよ―――って叫ぶ。 第二関門までは元上司より私の方が元気だったのに、ここにきて弱音が溢れ出した。 「ねぇ、間に合わないよ。ゴールできないよ。時間足りないよ。何のためにここまで来たの?」って言い出す私。そんな私に 彼:「じゃぁ、さっきの50キロ地点に戻ってリタイヤするか?戻った方が近いぞ、引き返すか?」って言ってきた。 私:「そしたら完走できないじゃん」 彼:「・・・」 わけのわからん会話。ただ、辛いこと、不安なことを彼に当たっているだけの私。 本当に間に合うの?って 一体、何回聞いただろう。半べそかいていた。 体力も限界に近づく。脚が前に進まない。後ろから来た何人も先にいってもらった。 ここからは大岳山、御岳山、日の出山と続く。大岳山が一番高く、それを越えれば下るだけだ。でも、余裕はない。大岳山は岩が結構あって思っていたよりかは早く登れた。山頂には何人か人がいて少しほっとした。 休むこともなくすぐに下りる。下りの岩場が膝にダメージを与える。 段々、脚が弱ってくる。ぜんぜん、思っているように動かない。 もう、嫌だよ。弱音ばっかり出てくる。 第三関門を通過したのは18:26:30 午前7時半頃。 通過順位:830 (第三関門通過者:1113) *ゴールまで* ここまできたら、何とか完走できるだろうと思った。 一度、試走したこともある。でも、14キロもある。 当初の予定では、もうゴールしているはずの時間。旦那には、頑張って17時間ぐらいでゴールしたいって言ってあった。もう、旦那はゴールで私を待っているのだろうと思った。ごめんよ~ 私はまだ、第三関門にいますって伝える手段もない。 本当なら、ここからの14キロはトレイルランが出来る。走れば3時間ぐらいでゴールにたどり着ける。でも、もう、膝が痛くてとても走れない。 歩くのも辛い。顔が歪む。とぼとぼ歩く。 そんな中、また、雨がひどくなる。走らないから寒い。でも、リュックからウェアを取り出す気も起きない。めんどくさい。そんな中、元上司の彼が、着たほうがいいよという。私は、ため息混じりでリュックを降ろす。手も冷たくなって動かない。 文句を言いながら着たくせに、着たらやっぱり暖かくなった。 ここからは、ずっと歩いた。10キロが本当に長く感じた。 行けども行けども山道。一度、走ったことあるくせに、何倍もの距離に感じる。 「まだぁ?? まだ、続くわけ?」そう 独り言 言いながら歩く。 当分、山道は遠慮しておこう。「もう、参加しないぞ」とも思っていた。 大会主催者側からしたらとんでもなく迷惑な参加者だ。 勝手にエントリーしておいて文句ばかり言っている。 残り2キロぐらいになるとやっと山道からアスファルトになる。 元上司は、数百メートル先にいる。 私:「先、いっていいよ」 彼:「せっかく ここまで一緒にきたんや、一緒にゴールしおや。この大会は歩く大会ちゃうから、最後ぐらい走ってゴールしろよ」 私:「・・・ わかった」 完全に民家の道にでる。大会関係者が「後、少しですよ」って声をかけてくれる。 角を曲がったら、旦那が立っていた。 旦那の顔をみるなり私は「もう、この大会には出ない」と言ったらしい。 ゴールには、マイちゃんとジンライムさん夫婦が立って待っていてくれた。 あぁ、やっと 終わった。 フィニッシュタイム:21:46:43 順位:901 もっと、感動的にゴールすると思っていた。 でも、ゴールして思ったのは「終わった」という言葉それだけ。 ゴールしてすぐに筋肉痛になった。体がバキバキ。動かない。 私は、これを味わうために ここに来たんだ。 そう 思えたのは少し、時間が経ってからでした。 第三関門からの通過タイムから考えるとゴールまでに通常の2倍もの時間を要していたのにもかかわらず、ゴールでずっと待っていてくれた、マイちゃん、ジンライさんご夫婦は本当に有り難かったです。迎えに来てくれた旦那にも感謝。 そして私を子守りしながらつきあってくれた元上司に感謝。 ゴール後、時間が経過するとともに自分とは本当に未熟者でデキテイナイと実感しました。自分が調子の良いときは別としても、余裕がなくなってきたとき、それを自分で受け入れて対処することができなかった。誰かに、何かに、八つ当たりしていた。 そう思ったら、本当に情けないなと思った。恥ずかしかった。 私にとってハセツネ初戦は、自分自身をみつめること それが一番のお土産となりました。 完走者数:1111人 参加者数:2018 完走率:55% 今度は、一人でちゃんと完走したいそう思います。 ハセツネ万歳。やっぱり山すきだなぁ。
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