日比野賞中日豊橋マラソン 2007.03.18
 (愛知県 ♂ ぴろし投稿)

まわりがフルマラソンに挑戦する中、頑なに嫌がっていたぴろし。ハーフの記録で地元の福岡国際のBで出場できたのに、のんびりしてたらいつの間にか資格タイムが速くなってしまい出場不可に。
どれがいいかな~と思っていた頃に行われた去年の暮れに行われた忘年会での事。

酔った勢いでみんなの前に立って宣言させたらしい。(全く覚えてない・・)
しかも目の前にいたS山さんに初フルのタイムを聞き、ソレを上回る2時間55分切りまでも無理矢理決定したらしい。まぁどうせそんなきっかけがなかればいつまでも走れなかった訳で、ぴろしにとっては良かっはず。その代わりワタクシ、責任もって週報や練習方法を指示しましたよ~。
しかし、全く練習してくれない!(怒) やる気があるのか!フルを馬鹿にしてるのか!と罵ったり貶したり、時にはやさしくも一生懸命応援してきたつもりです。たぶんあのレースに出た中で一番練習してなかったように思います!結果は完走し、タイムも立派に55分を切れましたがぴろしには、元々の天性もあるかもしれないけども最後は「気持ち」のみで走ってたように思います。

以下は許可無くぴろしからのレース後のメールを転記します。

以上 にゃおみ鬼コーチ

 

  

おはようございます。 満を持して挑んだ日比野賞中日豊橋マラソンの 結果をお知らせ致します。 結果 2時間54分01秒 (忘年会で掲げた『中日豊橋でS山切り(55分)』をクリア)   0-5K 20分09秒(キロ4分1)  6-10K 20分39秒(キロ4分7) 11-15K 20分28秒(キロ4分5) 16-20K 20分17秒(キロ4分3) 21-25K 20分10秒(キロ4分2) 26-30K 20分41秒(キロ4分8) 31-35K 21分35秒(キロ4分19) 36-40K 21分13秒(キロ4分14) 41-8分45秒(キロ3分59)

【レース展開】

スタートの合図がなるまでは不安でいっぱいだったが ここは幾つのも修羅場を潜り抜けた勝負師だけあって 走り始めると結構,普通に走れた。 最初の1キロは3分57と突っ込みすぎた感じがあったが 村上君が最初はそんなもんと言ってくれたので安心した。 10キロぐらいまではM上君がペースを作ってくれたので助かった。 序盤はM上君に感謝。 (M上君に話しかけ過ぎて余計な体力を失わせたのかもと思うとやや反省。) 堤防沿いは評判通り横風がひどく,帰りは更にひどかった。 折り返しでK添さんを見つける。(H口さんは見かけなかった。) K添さんの声援に応えた姿がカッコ良かったと大会後に言ってくれたが 前から言ってるように,ヨーロピアン的なところばかりを指摘されるが, 生粋の九州男児なのでそういう一面の方が日常では多いはず。 (やっと気づいたかと言う思い。) 初フルに挑むにあたって,N中さんの30Kとフルフルの35Kは 他人事には思えないほどトラウマになっていてヘビの鬼門だと思っていた。 なので,35Kまではどんなに調子が良くても抑えるつもりだったが もともと,抑えるほど体力があった訳でもなかったことに35Kを過ぎて気付く。 最後まで自分を信じて走れなかったことが残念。 けど,タイムだけ見ると36Kから息を吹き返し, "死んだようには生きたくない”っと言うウチダの信念が N中・フルフルの呪縛を取り払ったんだと良いように解釈します。

【感想】 大阪市民の後,しばらく競技生活を離れた頃から考えると この結果はとても考えられない。 今回は1にも2にもH口さんK添さんのご支援に感謝します。 ありがとうございました。 H口さんにはもっと,真面目にやればタイムは伸びてただろうと 言われるかも知れませんが,この指導なくしてウチダプロジェクトは完結しなかっ たと思います。 大会当日,車内では口数が少ない教え子とは対照的に 一杯呑んで来たのかなって思えるほどのハイテンションぶりで, いつもほろ酔い気分で応援する小出監督にも似た 名監督に肩を並べたと思います。 これからも宜しくお願いします。

  

【今後】

駆け上がらずにはいられない山々が2~3ありますので しばらくはまた山に戻ります。

【別件】

朝起きて気付いたのですが,ランシャツの跡がくっきり残るほど日焼けしていました。